投稿日 2022年8月31日 | 最終更新 2023年4月11日
麻布競馬場@63cities大人になるってのはデートでお台場に行かなくなること。付き合う前にわざわざ告白なんかしなくなること。あの頃の僕らはデートでお台場に行ったね。観覧車で告白して付き合ったね。あれから10年経ったね。二人とも大人のふりをして、東京で傷だらけになったね。あの日のお台場デート、まだ覚えてる?
2022/08/31 12:20:05
僕ら慶應で浮いてたね。しょうもないテニサーの新歓で出会ったね。自分たちは何者でもないのに、何者かになったつもりでいる人とか、何者かになろうと藻掻く人たちのことを偉そうに馬鹿にしていたね。自分たちは特別だから、他の誰よりも成功できると根拠のない自信を持って、みんなを見下してたね。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 31, 2022
その自信はすぐに崩れたね。ビジコンに出てもダメだし、流行りに乗ってフリーペーパーを出す話も頓挫したし、代理店や外コンのインターンも全落ちしたし、かといってコミュ力に縋って日系大手で雑務やるなんて嫌だって粋がってたね。それでもいつか、自分だけのすごい才能が花開くと信じてたね。
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そうして自意識の井戸の底で僕らはふたり抱き合って、気付けばお互いを意識するようになっていたね。みなとみらいの花火大会に行ったね。神南のビームスで服を買ったね。お台場に行ったね。アクアシティでたこ焼きを食べたね。観覧車に乗ったね。夜景がきれいだったね。一番上で、僕は告白したね。
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就活が始まったね。二人とも無難な日系大手の内定を取ったね。お互いにそれを報告して、僕たちは三田の居酒屋のカウンターで自分を、そしてお互いを裏切ってしまったような顔をして、ぬるくなったビールを飲んだね。あの日は全然酔えなかったね。結局僕らは自分に酔ってただけなんだろうね。
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僕はリクルートに入ったね。デート中に「結局どうしたいの?」って普通に言うようになったね。まるで自分がビジネスマンになったような顔をしていたね。でも実のところ会社での評価は低かったね。「結局どうしたいの?」といつも聞かれていたね。同期はどんどん昇進して、置いていかれたね。
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君は丸紅の一般職になって、そこですっかり港区女子になったね。「経営者」という単語を、まるで引き出しの中に乱雑にあふれるピアスのように軽々しく使うようになったね。記念日デートでお台場に行こうと僕が言ったら、君は鼻で笑ったね。少しして僕らは別れたね。最後は会話すらロクになかったね。
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君は君で、若さや肩書きを切り売りしてお金持ってる人たちと西麻布や恵比寿でひとしきり遊んだね。君は彼らをルミネで買った安いアクセサリーみたいに思っていたけど、実のところアクセサリーは君のほうで、高望みがやめられないままにアラサーになって、もうその手の飲み会に呼ばれなくなったね。
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君は焦ってバツイチのアラフォー経営者と結婚したね。旦那さんのインスタ見たらヴィトンにシュプリームばかりで目がチカチカしたね。君は西麻布のマンションで専業主婦になって、キラキラ主婦インスタグラマーを目指すようになったね。後で知ったけど、その頃からDVに苦しんでたんだね。辛かったね。
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結局、君は離婚してまた一人になったね。久しぶりに連絡をくれたね。二人とも優しい目をしていたね。明るい未来への期待を捨てて、逃げることを諦めた動物園の羊のような優しい目をしていたね。この東京で中くらいの幸せすら手にすることができないんじゃないかと僕らは予感して、優しく笑っていたね。
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「今からお台場行こうよ」酔った君がノリで言い出して、麻布十番からタクシーに乗って、本当にお台場に行ったね。知らなかったけど、観覧車は今日でなくなっちゃうんだね。乗るしかないでしょって盛り上がって、本当に乗ったね。夜景は相変わらずきれいだったね。一番上で、自然と長いキスをしたね。
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そのままふたり別々にタクシーを捕まえて帰ったね。僕の長い長い恋の終わりが、やっと終わった気がして、後部座席で少しだけ泣いてしまったね。もうふたりとも子供じゃないから、モルヒネみたいな恋で恋の痛みを誤魔化すなんてことはしないよね。でも僕は、少しだけそれを期待してしまっていたね。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 31, 2022
この10年、お互い辛いことばかりだったね。子供のまま大人のふりをして傷だらけになって、そのくせ最後までそれを突き通して、少なくとも僕はまた新しい傷を負った気がするね。でもこの傷は、ひとり真っ暗な白金高輪のマンションに帰ったときの痛みは変に清々しくて、僕はなぜか笑ってしまったんだ。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 31, 2022
また朝が来る。お台場の観覧車はなくなって、多分もう君と会うこともなくなって、仕事やら何やらに追われてまた傷ついて、でも今更東京から降りるなんてプライドが許さなくて、汗が傷にしみるのも気にせず走り続けて、そうしてたまに、観覧車の中で優しく笑うあの日の君の顔を、僕は思い出すんだろう。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 31, 2022
おしまい 9月5日に本が出ますhttps://t.co/9l2xPr96Mk
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お台場の観覧車のラストです。 pic.twitter.com/8EZ3jhU6k7
— 中谷幸司 (@bluestylecom) August 31, 2022
学生時代の恋人との思い出は美しいですよね。
— ひろくん。 (@Mrinvestment7) August 31, 2022
年齢を重ねると、もうあの頃のようにピュアにドキドキしたり出来ないなぁと思います。
感動しました。最後まで集中して読んでしまった。切ない気持ちになりますね
— 次郎 (@jirorentarou) August 31, 2022
ごくたまに出勤に使う白金高輪、辞めちゃった会社のあった麻布十番(正しくは赤羽橋だけど)、子どもと遊びに行ったお台場の観覧車、場所は同じなのに全然違う世界があって正直好きです!
— Shin (@shin7ar0) August 31, 2022
「ね。」で終わる語尾が最後に無くなったのが「君」との本当の別れを象徴してるようで良きですなあ
— 和ボック (@corona_gebokku) August 31, 2022