投稿日 2022年11月21日 | 最終更新 2023年4月11日
UU@youx2youx2「第X号議案、修繕積立金の修正、可決です」
2022/11/21 05:50:46
議長の声が響く。辣腕で有名な小太りの理事長はマンション修繕積立金の値上げを見事にやってのけ、若い入居者たちからは拍手が送られた。無理もない、長続きする愛よりもお迎えが先にきてしまう年寄… https://t.co/39bNglTs0S
公務員の父と専業主婦の母の間に長津田で生まれた。神奈川県民しか知らない、山の街ヨコハマ。山下公園を訪れて以来、海沿いの街にぼんやりとした憧れを持ったことを今でも覚えている。地元の高校を卒業すると、私は屏風浦に近い大工場で事務員として働き始めた。憧れた海辺とは、可也り異なる風景。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
夫と出会ったのは新杉田の古いアパート。殺人事件の聞き込みで我が家を訪ねてきた刑事だった。悪名高い神奈川県警にあって彼の捜査への実直そうな姿勢に心が動いた。犯人逮捕の報道後、「本当はよくないことなんですが…」と改めて我が家を訪ねて交際を求めてきた。神奈川県警っぽいな、と思った。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
交際を経て結婚した私たちの生活は慌ただしかった。高卒ノンキャリの警察官は転勤が多く、秦野、湯河原、三浦半島と移り住んだ。この間に二人の子宝にも恵まれた。職を辞し、家庭に入り、夫を支え、子どもたちと向き合う日々。私たちの暮らしぶりを聞いたら、今の若い女性は憤怒を浮かべるだろうか。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
子どもたちが成長するにつれて居を構えたいという思いが強くなった。神奈川を離れる選択肢も山下公園の近くに住む術もない私たちが選んだのは二人の原点でもある磯子の擁壁に聳えたつ戸建。この部屋の窓から望める富士山は私たちのささやかな成功であり、そこで育むささやかな幸せが何よりの宝物だ。
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長男の隆史は聖光学院を経て早稲田大学社会学部へ進学、大手出版社で活躍している。長女は横浜国大を経て音楽家と結婚、孫の凛華は私の母校に通いながら恵まれた容貌を存分に活かしてカメラの前で踊って賃金がもらえる生活をしているらしい。多様な人生を選べる時代、情けないようで、逞しくもある。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
不器用な夫は栄達せず、警視正として退職の日を迎えた。自動車学校への天下りも老後のささやかな生活の支えとなったが、天下りを非難するご近所の声を知らぬフリをせねばならず息が詰まりそうな日々もあった。夫が叙勲をおえ、子どもが巣立つと、残された夫婦の生活には擁壁の階段が立ちはだかった。
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夫の他界は3年前、多発性骨髄腫だった。老々介護は厳しいものだったが、闘病生活が1年半で終わったことは不幸中の幸いといえよう。この頃には近所でも再開発が進み、横浜の崖を埋めるように戸建が建ち、擁壁そのもののようなマンションまで現れた。あの日みた富士山はこの部屋からは永遠に見えない。
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夫の死後、私の手元には幾許かのお金が残った。交流のあった友人も他界し、私自身も病院通いに難儀する日々。この家にいつまでもいるわけにはいくまい。子どもたちにも相談し、東京湾岸地区のマンション購入を真剣に考えることになった。聞けば、湾岸地区はかつて私が勤めた会社の跡地ではないか。
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思い出の詰まった我が家は、熱心に宅訪を繰り返してきた刈り上げの不動産屋に譲ることにした。今では階段を使い接道要件を満たした集合住宅になっていると隆史から聞かされた。若い人が新たに生活する場になっていると知れば、天国の夫も許してくれるだろうか。
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こうして私は後期高齢者になってから東京湾岸にやってきた。タワーマンションの暮らしは本当に快適だ。階段を登らなくてよい。病院も商業施設も近い。住み慣れた街と違って若い夫婦や子どもで賑わう活気ある街は、塞ぎ込みがちな私の日々を健やかに彩ってくれた。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
孫娘の凛華も以前に比べて足繁く遊びにくるようになった。東京タワーが永遠に見えるこの部屋で、今日も凛華は携帯電話を片手に熱心に撮影している。先日は屋上の展望で一緒に撮った写真を重加工して大層な賞賛を得たそうだ。多様な生き方を受け容れる、これが令和の日本社会かと妙に得心した。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
他方、この生活の中で気になることも見えてきた。未だに土地が多く残るこの街では、新たな開発計画が持ち上がるたびに反対の大合唱、発信するのは我々高齢者ではなく若い世代だと言うから驚きだ。若くしてタワーマンションを購入できる住民の多くは知的生産層で、難癖の付け方には京都の親戚も吃驚だ。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
マンション周辺の敷地でスケートボードに興じる青年を糾弾する声も聞く。磯子でもスケートボードやシャッターへの落書きは問題となっていた。包摂の道とはかくも遠いものなのだと、新世代の街に来て感じることは多い。私たちにできることは、なるべく見ざる聞かざるで高層階に住むくらいのことだろう。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
今年で傘寿になる。日本はシルバー民主主義、数で勝る私たち高齢者に寄り添いをみせた政策が通りがちだ。年金然り、医療費然り、私たちはこの恩恵を存分に受けてきた。しかしこの若い街にやってきて、若者の抱く閉塞感に少しだけ思いを寄せることができるようになったことは晩年の大きな収穫だ。
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022
10年以内にお迎えにきてくれるかしら…総会から部屋に戻ると、夫の好物だった鳩サブレを仏壇に置き静かに手を合わせた。野球選手の写真と共に「FTX」と書かれた宣伝をじっと見つめながら、独り固い米を食む。食卓の壁を、東京タワーの方角から差し込む強い西日が紅く照らしていた。#タワマン文学大賞
— UU (@youx2youx2) November 20, 2022