陰湿金融文学「バンカー達のWBC」の熱き戦いに全銀行員が感動！お前の検印で思い切りシャチハタを振れ！ -

投稿日 2023年3月21日 | 最終更新 2023年4月24日

豊洲銀行網走支店@toyosubk88
「さあ、ついに始まりました！世界から一流の陰湿バンカーが集う金融の祭典、World Bankers Classic！今年のWBC一番の注目はこの人、二刀流でメジャーを沸かせた小谷選手でしょう！」

はいはい、小谷さんはすごいですね…クソッ！唾と共に毒を吐き捨て、俺はグラウンドに向かう。#陰湿金融文学
2023/03/21 13:40:32

「遅いぞ、村田。緊張してトイレにこもってたのか？」爽やかな笑顔で小谷がオレの肩を叩く。ムカつく。その余裕も、みんなの精神的支柱であることを自覚しながら、それでも天狗になることなく自然体に振る舞えるメンタリティも。とにかくキラキラしたこいつが心底ムカついた——
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「アッ、アンッ、は、激しっ、ん、もうダメッ！」三度目の絶頂を迎えて力尽きた愛海の真っ白な体は雪崩みたいにベットに崩れ落ちた。キー局の人気女子アナを思いのままに征服する。そんな快感を反芻しながら俺は欲望の塊を吐き出す。行為を終えて賢者タイムを迎えたのは、俺ではなく愛海だった。
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「ねぇ、小谷さん、飲み会は全部断って練習してるんだって。日本入りしてからシャチハタ何本壊したかわからないくらい練習してる。あなたはどうなの？ほとんど毎晩飲み歩くか、私とセックスしてるけど、大事な時期なんでしょう？大丈夫なの？」俺は再び激しく興奮した。もちろん、とても悪い意味で。
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「なんだよ急に。おまえ、俺の女になっただけじゃん。自分もすごい人間になったつもり？勘違いしてんじゃねえ！ビッグプレーヤーに媚びてケツ振って寿退社するくらいしかキャリアプランが描けないような、自分の力では何者にもなれないメディアキャバ嬢に説教されるとか、最高に笑えねえ冗談だよ！」
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そう、俺に上からモノを言う資格があるのは、俺より努力して、俺より多くのものを犠牲にして、そして、俺より実績を出してるやつだけだ。
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我が家は古くから赤菱銀行に勤めてきた。祖父の代で副頭取まで上り詰めるも父は常務どまり。再起に燃える一族が俺にかける期待は尋常じゃない。友達とゲームをして、走り回って、夏休みはキャンプに行って、花火を見て…青春の時間も、そのときしか味わえない感情も、あらゆるものを犠牲にした。
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東大に入るのは大前提、詰め込まれる英才教育の数々、休み時間も模擬紙幣とシャチハタを手放すことはなかった。皆がサークルや飲み会に精を出す中、簿記、FP、証券アナリスト、銀検、各種資格は当然取得。全日本学生てにをは選手権、全国札勘オリンピックは4年連続で優勝、俺は殿堂入りを果たした。
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そして満を持して赤菱に入行する。それでも一切手抜きはしなかった。MARCH卒のソルジャー要員からやっかみを受けることが目に見えていたからだ。俺は率先して飲み会の幹事を引き受け、カラオケに行けばサルのようにタンバリンを叩き、キャバクラでは嬢より先に水割りを作りながら盛り上げ役に徹した。
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小谷は俺の5歳上、赤菱の先輩行員だ。本人は外資を希望していたらしい。だが、そのポテンシャルの高さを見抜いたリクルーターが「外資でも通用する人材に育てるからウチに来てほしい」とラブコールを送り、将来の幹部候補として異例の特別待遇で採用された。今でも伝説として語り継がれている。
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世間はそんな小谷に注目した。今年、最年少陰湿金融3冠王のタイトルを獲得した俺を差し置いて、行内もマスコミも口を開けばまず小谷。「そして、村田選手も……」俺はまるでプロ野球チップスの「チップス」にでもなった気分だった。くっついてきたからなんとなくついでに食べる、その程度の存在——
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予選から準々決勝まで全く調子が出なかった。力んではいけない。頭ではわかっている。だが打席に入ると脳裏に浮かぶのは小谷を賛辞する世間の声、あろうことかヤツと俺を比較しやがった愛海の言葉。おまえらが思うより、俺はずっと出来る男なんだ！シャチハタを握る手に余計な力が入ってしまう。
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陰湿金融3冠王のタイトルがむしろ俺の惨めさを加速させた。SNSでは『生き返れ村田』なんてハッシュタグまで拡散され、いい迷惑どころの話ではなかった。要するにWBCが始まってからずっと俺は死んでいると言うのだ。そこには俺への激励の念などなく、発信者自身のナルシズムや承認欲求しかない。
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小谷の活躍で危なげなくリーグ線を1位突破。そして、たどり着いたアメリカの地、準決勝。相手は強豪国メキシコ。序盤は互いの守りを切り崩せず、0-0のまま迎えた4回表、メキシコのシャチハタが火を吹いた。一気に3点差をつけられる。暗雲垂れ込めるなか迎えた5回裏、ついに俺にチャンスが訪れた。
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ランナー2人の場面で俺に検印が回ってきた。ここで全ての負債を帳消しにする。俺ならやれる。いつもどおり緊張をアドレナリンに変え、シャチハタに伝えれば良い……ダメだ！リーグ戦で染みついた負のイメージが俺を縛る。手を出すことさえ出来ず見逃しの三振。あらゆる可能性のうちで最悪の結果。
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「交代させろ！」「オープンホームにもらった家返せよ！」心無いヤジが飛ぶ。こいつらわざわざ罵声を浴びせに日本から来たのかよ……「俺はおまえを引っ込めねえからな」低く静かな、しかし力強い声が俺の胸を掴む。桃山監督だった。「最終回まで逆転劇はお預けか？大した演出家だな」小谷が笑った。
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なんとか7回に追いつくと、そこからは一進一退の点取り合戦だった。そして5-4、一点ビハインドで迎えた9回裏、ノーアウト一、二塁の絶好のチャンス。サヨナラも狙える場面でまたしても俺に検印が回ってきた。肩に力が入るのを抑えられない。ベンチに目を向ける。桃山監督と小谷が俺を見つめていた。
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『とにかく打て』のサインが送られる。そうだ、俺はずっと自分と戦っていた。違う。そうじゃない。戦わなきゃいけないのは目の前にいる相手だ。そして俺には監督が、小谷さんが、頼れる日本の一流バンカーたちがいるじゃないか。俺はみんなを信じて、俺に期待される仕事をすれば良い。とにかく打つ。
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その瞬間のシャチハタの動きはとても自然で、滑らかで、俺の中の全エネルギーが一切のロスなく伝わっていく様子が手に取るようにわかった。相手の野手は2人のランナーがホームインする様子を見届けている。気づけば俺はチームメイトからシャンパン代わりに掛けられた水でびしょ濡れになっていた。
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「寒いので早く戻りたいです」大はしゃぎしたい気持ちを必死に隠しながら、無愛想にヒーローインタビューを締めてロッカーに戻る。小谷さんが先にインタビューされていたことはもう気にならなかった。帰って一杯やりたいところだが素振りをしなきゃいけない。いや、したい。俺たちにはまだ決勝がある。
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