投稿日 2022年2月7日 | 最終更新 2023年4月11日
「ごめんね、こんな遠い所まで」。改札の前でマミが手を振る。2人で会うのは何年ぶりだろう。仕事終わりに六本木駅で待ち合わせた20代の金曜を思い出す。あの頃は麻布の会員制のバーや六本木のクラブで朝まで遊び回った。しかし、ここは流山おおたかの森駅。港区はおろか、東京ですらない。千葉県だ。
— 窓際三等兵 (@nekogal21) December 7, 2021
駐車場に置いてあったのはBMWでもアウディでもなく、アルファードだった。後部座席に備え付けられたチャイルドシートには泥がこびり付き、荷室からはコールマンの折りたたみ椅子が飛び出ていた。「すぐ汚して、嫌になっちゃうよ」バックモニターに視線を落とし、ハンドルを巧みに操るマミが話す。
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慶応大学で同じゼミだったマミとは地方出身者同士、馬があった。文学部卒は一般職で働く子も多い時代だったが、実力主義に惹かれ、それぞれベンチャー企業に飛び込んだ。圧倒的成長を求め毎日深夜まで残業し、金曜夜は港区で朝まで飲み明かした。眠らぬ街、東京の一員になれた気がして誇らしかった。
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周囲には今でいう港区女子みたいな子達もいたが、私もマミも若さを換金するような愚かな真似はせず、早々に結婚し、自立した女性として働き続けた。パワーカッポーとしてタワマンを買い、スタバのトールサイズを片手に東京2世として育つ子にモンクレールを着せる、イケてるママになろうと誓い合った。
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しかし、誓いはあっけなく破られた。マミは2人目の子供を妊娠した5年前に会社を辞め、流山への移住を決めた。「両親の助けを借りられない地方出身者には、東京での仕事と育児の壁はタワマンのように高かったよ…」そう呟くマミに対し、保育園の送迎と仕事に追われる私はかける言葉が見つからなかった。
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助手席から車窓を眺める。オートバックス、ネッツトヨタ、ワークマン…幹線道路沿いの風景は実家のそれと変わらない。「東京と比べると退屈な風景でしょ」心を見透かされたようでドキッとする。卑下するわけでもなく、妙にさっぱりしたマミの横顔を見て、「降りたんだな」と思い、少し寂しくなった。
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マミが去った後も、私は東京砂漠で走り続けた。子育てで昔の様な働き方はできなくなっても、シッターさんをフル活用して働いた。2LDK60平米のタワマン高層階の部屋から、息子のせいやはモンクレールを着てSAPIXに通っている。高層階特有の芯の固いご飯を噛むたび、私は間違ってなかったと思えた。
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年賀状だけの付き合いになっていたマミからインスタ経由で連絡を貰った時、正直、会うかどうか悩んだ。どんな顔をしたら良いか分からなかった。一方、都会の過酷なマウンティング文化で心がささくれ立つ中、「都落ち」した親友の現在地を見て安心したいという卑しい気持ちがなかったと言えば嘘になる。
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ほのかな優越感と、かつての親友にすら内心でマウンティングをかましてしまう己の習性に自己嫌悪を感じていると、車が止まった。「着いたよ、少し駅から遠くてさ」。目の前にそびえ立つ建物は、豪邸と呼んでも差し支えない代物だった。綺麗に整理された区画には、瀟洒な一軒家がズラリと並んでいた。
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木の匂いが漂う、広々とした吹き抜けのリビングではゴールデンレトリバーがうたた寝していた。我が家のタワマンの部屋が、この空間にすっぽりおさまりそうだ。アイランド式のキッチン、巨大な冷蔵庫、七面鳥が焼けそうなオーブンーー全部、私が欲しかったけど、タワマンでは無理だと諦めた物だ。
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2人の子供達に個室があり、夫婦の寝室とは別に旦那の書斎もあった。リモートワークのため、夫婦でリビングと寝室にパソコンを広げる我が家とは比べ物にならない環境だ。「実は3人目ができちゃってさ」マミが微笑みながらお腹をさする。タワマン高層階の3LDKは手が出ないと、2人目を諦めた過去が蘇る。
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「せいや君は塾に通ってるの?うちの子達なんて野生児だからサッカーばっかで、公文しか行ってないよ」壁にはサッカーチームの写真が所狭しと飾られている。どの写真も笑顔でいっぱいだ。まだ小3だというのにSAPIXの組分けテストに追われる我が子の満面の笑みを最後に見たのはいつだっただろうか。
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「ただいまー、公園行ってくる!」マミの子供達は学校から帰ってくるや否や、ランドセルを放って外へ駆け出した。近所の子供達で放課後に集まり、暗くなると勝手に帰ってくるという。見守りケータイで監視され、SwitchとYouTube依存症になっている都会の少年達はあんな風に自由に遊べるのだろうか。
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「私も高校まで公立だったし、子供の頃は無理に勉強するより友達と楽しく遊んで欲しいかな」マミに気負った感じはない。公立中学はリスクだと決めつけ、「将来の選択肢を増やすため」とSAPIXに通わせた自分の決断は本当に子供のためだったのだろうか。庭のBBQコンロを横目に、そんな思いが頭をよぎる。
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複雑な感情を察したのか、マミが話題を変える。「郊外で、しかも注文住宅だからね。タワマンと違って資産価値とか期待できないし」言葉とは裏腹に、マミは明るく笑っていた。毎晩、寝る前にSUUMOで自分の部屋と似た物件をチェックし、含み益がいくらになっているか確認している自分が恥ずかしかった。
— 窓際三等兵 (@nekogal21) December 7, 2021
家を出て駅まで送ってもらう途中、ハンドルを握るマミが呟いた。「私はキャリアもタワマンも諦めたから、たまに東京が羨ましくなるよ。でも、ここで千葉県民として生きていくって決めたんだ」。タワマンではドレスチェックで弾かれるユニクロのダウンジャケットなのに、なんだか無性に格好良かった。
— 窓際三等兵 (@nekogal21) December 7, 2021
つくばエクスプレスの区間快速に乗りこむ。茨城県民や千葉県民、埼玉県民の都内流入を防ぐために運賃が吊り上げられているにも関わらず、車内は多くの人で賑わう。幸せとは一体なんだろう。スマホで流山おおたかの森の物件情報を探す。タワマンより安い物件ばかりだったが、答えは見つからない(完
— 窓際三等兵 (@nekogal21) December 7, 2021