投稿日 2023年3月26日 | 最終更新 2023年4月24日
豊洲銀行 網走支店@toyosubk88「本日よりお世話になります!伊東春奈と申します。ご迷惑をおかけすることも多々あるかと思いますが、ご指導、ご鞭撻のほど、なにとぞよろしくお願いします!」桜の花びらを通って降り注ぐ薄ピンクの光にアスファルトが明るく彩られる。そんな美しい春の日、私はある支店に着任した。
2023/03/25 14:06:02
#陰湿金融文学
豊洲銀行 網走支店@toyosubk88配属先は窓口課だった。男性ホルモンの匂いを感じない女性ばかりの組織。私は安心した。SNS上で陰湿てにをはハンコマンだの、セ・パ両リーグ制覇だの、無駄にとんちとエスプリの効いた隠語で罵られていることを知って不安だったが、そこは怒声や暴力なんてものとはほど遠い世界のように見えた。
2023/03/25 14:06:43
「私、ここ長いから、わからないことがあったらなんでも聞いてね。あ、私は小田って言います。あそこに座ってるから」わざわざ席まで来て声をかけてくれる優しい先輩、心強さを覚えた。(なんとかやっていけそう。初めての配属ガチャ、大成功じゃないけど、失敗でもないよね。)口元が緩んだ。
— 豊洲銀行 網走支店 (@toyosubk88) March 25, 2023
オリエンテーションに挨拶回り、着任関係の書類の提出、印鑑やらラップトップやらを受け取ったりするうちに初日はどんどん過ぎていく。自分の名前が入ったシャチハタを見たときはなんだかとても誇らしかった。本格的に作業を始めたのは翌日から。どんよりとした曇り空が街を灰色に染めていた。
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「伊東さん、シャチハタにちゃんとインク入れた?」小田さんがニコニコ顔で席に来た。「昨日試したら大丈夫でしたよ?」「はぁ~っ、ダメダメ」笑顔を貼り付けたまま、彼女はクソデカため息をつく。「最初に入ってるインクはすぐ切れるの。私のと一緒に入れてあげる」半ば強引に印鑑を取り上げられた。
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この人はおせっかいさんなんだな。それくらいにしか思わなかった。「あとね、伊東さん、目上の人と話すときは座ったままでいたら失礼よ」ちょっと声のトーンが低くなったのが気になったが、ありがたいご指導を真摯に受け止める。その後、教育担当の渡辺さんが来て簡単な帳票作成を教わった。
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「はい、じゃ、最後にここに係印押して」銀行員として最初の押印の瞬間。たかが数センチ手を動かすだけなのに脳内でアドレナリンが流れる。それほど私は浮かれていた。今思えば死にたいほど恥ずかしい。向きを確認して慎重に判を押すと、まるで出血しているみたいに勢いよくインクが染み出した。
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「えっ!?なにやってんの!どうして!?」渡辺さんが悲鳴をあげる。私の名前は識別不能なほどにじんでいた。「昨日試して大丈夫だったでしょ?なんで補充しちゃったのよお…」呆れ顔の渡辺さんの向こう、石仮面みたいに固く無表情な顔の小田さんと目が合う。私は謝罪の言葉以外、なにも言えなかった。
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手元の日経新聞にこれでもかとシャチハタのインクを吸わせた後、もう一度帳票を作り直して無事に係印まで済ませる。次の工程に移ろうとしたところで渡辺さんがローテラーの応援に呼ばれた。「ごめん、少し時間かかるから誰かに再鑑をお願いして!『再鑑おねがいします』って言えばわかるから」
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見渡すと小田さんがこちらをまだ見ていたので、おずおずと彼女の席まで行く。「小田さん、あの、再鑑をお願いできますでしょうか?」待ってましたといわんばかりに一瞬口角を上げ、すぐ表情を殺すと席に座ったまま私を睨みつける。「はぁ!?あんたバカ!?私できないよ、パートだから」
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あまりの衝撃で記憶喪失になるかと思った。「なんでも聞いてね」その言葉に心を許していた相手から一気に突き放され、まだ勤務2日目というのに罵声を飛ばされ、挙句あんなに偉そうにしておいてパートだった?さっきのインク補充も狙ってやった?情報の洪水が涙に変換されて目頭に溜まっていく。
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「え?なんで泣いてんの?ちょっとぉ~、やめてよぉ〜。私がいじめたみたいじゃない(笑)」言葉とは裏腹に彼女の声には明らかにエクスタシーの色が混ざっていた。もし私に超能力があれば、きっと彼女の股間からニョキニョキと伸びてバキバキに勃起した霊的な男根が見えていただろう。
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結局、見かねた主任が再鑑してくれた。あとで事情を聞いた渡辺さんが私をランチに連れ出して教えてくれた。小田さんはいわゆるお局だった。今の窓口は若手が多く、最近は人の入れ替わりも激しかったせいで彼女の増長と嫌がらせは加速。上席が注意しても知らぬ存ぜぬで、みな手を焼いていたのだ。
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それからは極力、彼女と距離を取ることにした。どうしてもコンタクトする必要があれば主任CCでメール連絡。いつまでも親離れできない子供みたいで悔しかったが、恐らくそれが最善策だったのだと思う。そして迎えた年度末、支店の何人かが退職することになった。その中に小田さんもいた。
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いくら相手がモンスターであろうと自分はちゃんと人として送り出そう。窓口課で開いた送別会の日、私は自腹で花束を用意していた。だが、そこに彼女の姿はなかった。「伊東さん、花束持ってきたの!?そこまでしなくて良かったのに。誰も教えてあげなかったの?」みな、とても朗らかな顔で笑っている。
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「契約を更新しなかったんだよ。ほんと大変だったんだからな」課長がおどける。主賓不在の異様な、しかしとても晴れやかな打ち上げ。悲しきモンスターの最後はとても哀れなものだった。そのあと彼女が本部のパートに採用されたと聞いたときはその執念に戦慄を覚えたが、もう私には関係ない。
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おしまい🌸
— 豊洲銀行 網走支店 (@toyosubk88) March 25, 2023
4/5に私も参加したアンソロジー本が出ます。予約してください🙇♀️
— 豊洲銀行 網走支店 (@toyosubk88) March 25, 2023
『本当に欲しかったものは、もう
Twitter文学アンソロジー』
電子版も同時配信予定です😊https://t.co/BHxgKCsBBI
豊銀ちゃん、最近メンペニだとか男根だとか男根崇拝に拍車がかかってません?
— やけくそ海上 (@yakekuso_ins) March 25, 2023
>もし私に超能力があれば、きっと彼女の股間からニョキニョキと伸びてバキバキに勃起した霊的な男根が見えていただろう。
すみません…今回はやめようと思ってたのに、書けそうなところがあったからつい…(最近、佐川恭一先生の科挙ガチを読んで影響されてるところもあります)
— 豊洲銀行 網走支店 (@toyosubk88) March 25, 2023