投稿日 2022年8月22日 | 最終更新 2023年4月11日
久々に帰った地元には大型ショッピングセンターしかなくて、東京で勝ち続けてきたはずの、そしてまもなく転落するはずの僕の人生の空虚を埋めてくれるものは何もなかった。社会人一年目の夏。「なんで仕事任せられないか一度考えてみよっか」チューターのそんな言葉の残響を、蝉の鳴き声が塗り潰した。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
何でも最速で70点が取れるのが高学歴の本質だと思う。まさしく僕がそうだった。お絵描き教室でも読書感想文でも大きな賞を貰った。ひらがなもすぐ書けたし公文もスイスイ進んだ。何をやれば大人が喜ぶか手に取るように分かった。友達もたくさんいた。母はいつも満足げだった。僕は田舎の神童だった。
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ただ、簡単な計算ミスなんかが多い子供だった。今振り返ると、それはおそらく自分に対する過信のせいだった。こんな簡単な問題を間違うはずがない。検算なんてしなかった。まさかそれが今の不幸の原因になるなんて当時は思いもよらなかった。過信は心に染み付き、気付けば二度と取れなくなっていた。
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神童だなんて言う割には中学あたりから数学に躓いて、青チャートなんて全然解けなくて、高校で一番頭がいい天パの陰キャが東大に行く一方、僕は慶應に行った。でも満足していた。この国はコミュ力さえあればどうにかなると、もしかすると縋るようにそう信じていた。そうしないと負けたことになるから。
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でもその仮説は概ね間違っていなかった。陽キャでよかった。慶應には今で言うチー牛も割と多かった。見た目がそれなりで、初対面でも明るく話せるコミュ力さえあればそれだけで頭ひとつ抜けられた。サークルで可愛がられた。ゼミもすんなり受かった。僕は東京でも、人生を引き続きうまくやっていた。
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「当たり前」は見えている世界が作る。昔は「ゆめタウン」に全てがあると思っていた。カインズがあった。ABCマートがあった。ヴィレバンがあった。僕は満足していた。スパイスカレーやミニシアターやシェーヌダンクルがなくても人は生きていける。でも僕は東京を見てしまった。もう戻れないと思った。
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渋谷のメガベンチャーに就職した。学生起業で事業売却して芝浦のタワマンに住んで、毎日バレンシアガを着ているやつが慶應にもいた。自分には起業するだけのアイデアも度胸もなかった。それで起業家をたくさん輩出するその会社を選んだ。将来的に起業したいと、その時は本気で思っていた。
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メガベンチャーとはその名の通り矛盾した存在で、だからこそ研修でも「永遠のベンチャーであれ」みたいなことを口酸っぱく言われた。子会社を作っては潰して、でも若き敗軍の将たちは責任なんて感じていないような顔でエモいブログに書いたりして、「やってみなはれ」が最悪の形で出てるなと思った。
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命を賭けるほどの当事者意識がないとダメでしょ、と僕は思った。なぜなら僕自身がそのダメな例だったから。何事も70点を取る。それ以上の深入りはしない。頑張っても100点が取れるかは分からない。頑張るのは辛いのに、そのうえ実らないなら辛すぎる。この会社には僕みたいな人がたくさんいた。
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人間はある日急に変われない。これまで慎重に積み上げてきた成功のトランプタワーが崩れることを恐れるあまり、僕はこれまでの全てを捨てて新しい自分に、事業を本気で考え本気で行動する人間になんてなれなかった。まぁ本気じゃないんで(笑)みたいな逃げ道を残して、やっぱりプライドを守りたかった。
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結局、配属先でそれを見抜かれた。それにしても嫌な先輩だった。総会で社長が言ったことを全部覚えていて、何事もそれを指針にしているるしかった。「一事が万事」をどう解釈してか、派遣さんがやるような事務仕事を僕に延々とやらせた。それができないうちは仕事は任せられないと言い出した。
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「ねぇ、昨日送ってくれた集計シートだけど、そう。何箇所かおかしいところあるの分かる?そっか。ちょっと(笑)深刻な顔しないでよ(笑)最初なんだから間違いがあるに決まってるし、新人のうちにデカいミスしとくほうがいいよ(笑)直すの明日でいいから定時で上がって同期と合コンでも行ってきなよ(笑)」
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「ねぇ、集計シートなんだけど。そうそう。全部直して送ってくれたんだよね?そっか。まだちょっとミスあるよね。どこか分かる?ちょっと(笑)またすごい顔になってるよ(笑)ほら、ここの数式。コピペでおかしくなったのかな?だからよくあるミスだから気にしないで(笑)次直ってればいいから(笑)」
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「ちょっといい?そう、集計シート。また同じとこ間違えてるよね?あ、ちゃんと付箋に書いて貼ってるんだ。それはすごく偉い。でもね、同じミス繰り返してたらその付箋の意味もないよね。作業フロー含めてちょっと見直そっか。あ、これからOB訪問なんだ。なら仕方ないね。終わったら連絡してね。」
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「あのさ。そう。なんで直らないんだと思う?そうじゃなくてさ。頑張りますとか気をつけますってただの気合じゃん。具体的なアクションを聞いてるんだけど。考えたことなかった?そういうことを考えてほしくてこれまで指導してきたつもりなんだけど。今日は上がっていいから明日朝イチで教えて。」
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「うん、分かった。ごめん。ちょっとまだ仕事任せられる状況じゃないと思う。いや悪くないよ、悪いのは私のマネジメントとか教育だと思うから。このあと上と話すから、今日はいったん研修課題とかやってていいよ。うん、仕事は私で巻き取るから。何なら今日はもう上がってもいいから。」
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自己に対する過信。何かに真剣に取り組む熱意の欠如。怠惰で無能で、そのくせ器用さだけで人生の浅瀬をちゃぷちゃぷ泳いでそれなりのところに辿り着いて、自分はもっと遠くに行けると思い込んでいた僕の人生は、そこで行き詰まった。仕事は与えられず、自席でマーケティングの本なんかを読んでいた。
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起業なんてやめよう、こんな会社なんてやめよう、とふと思い付いて、あの熱病のような時間は何だったんだろうかと考えると、つまり僕は起業して成功した鼻につく連中より自分が劣っていると認めるのが嫌で、「まだ本気出してないだけ」みたいなダサい理屈で負けを先延ばしにしていただけだった。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
そう、僕は負けたくなかっただけだった。就活で挫折経験を聞かれて困ったのを思い出した。挫折なんて辛いに決まってるし、その辛さから逃れるために僕たちは頭を使ってるんでしょう?その場で適当に考えたサークルでの出来事を話した。そういう、人からどう見られるかばかり気にしてきた人生だった。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
僕が繰り出そうとした奥の手がUターンだった。慶應卒有名メガベンチャー勤務。ネームバリューはバッチリだと思った。それを引っさげで地元の優良企業の門を叩けばいいんじゃないかと、そんな甘いことを考えていた。蝉が木から木へと移るように、楽して甘い汁を吸う先を探していただけだった。
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「ここが私のアナザースカイ!広い国道は夕方になると渋滞します!駅のそばにあったデパートは潰れて、その空き地をどう使うか何年経っても決まりません!ローカル局の女子アナはすぐ嫌気が差してセントフォースに移籍して去ってゆきます!そんな街が、そんな何もない街が、私のアナザースカイ!」
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
蝉。この街は気が狂うほどに蝉の声がうるさい。免許は持ってるけど1ミリも運転してなかったからお母さんに車を出してもらって「ゆめタウン」に行った。カルディでオレンジワインを買った。両親にも勧めたらワインなんて飲まないと言われた。やることもなくて明るいうちから一人で飲んだ。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
「なんで仕事任せられないか一度考えてみよっか」酔いが回ってきたあたりで不意に思い出して、濁った頭で考えた結果「そういう性分なので仕方ないです」しか浮かばなかった。有給を使って4連休にしただけの短い夏休みが明日には終わる。頭のスイッチを切りたくて、残りのワインをごくごく飲み込んだ。
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
おしまい 本買ってくださいhttps://t.co/tD0FrCbrAH
— 麻布競馬場 (@63cities) August 13, 2022
大変興味深く読んだ。計算ミスしないことに情熱かける必要ないし、良いところを引き出すのではなく不得意をずっと任せる上司にあたったのは不運だと思った。ただそこで感じたことは千金となるかもしれない。 https://t.co/O5KbCkZ6vD
— 中田智之@歯学博士/医療行政アナリスト (@DashNaka) August 14, 2022
読んだあとにこのツイがあって考えさせられる。こういう本は読まなかったのか。https://t.co/ercN3Y9U41 https://t.co/TXdbtyObMl
— ティルティンティノントゥン (@tiltintinontun) August 13, 2022
「いくら注意しても仕事のやり方が改善されず、相変わらず雑な仕事をして困る人物、あるいは似たようなミスを繰り返す人物がいて、なぜ改善しようと思わないのかと不思議に思うことがあるのではないか」。日経プレミア『勉強できる子は○○がすごい』から抜粋。 https://t.co/sAPhhlTxhA
— 日経BOOKプラス (@nikkeipub) July 28, 2022
この人の話を読むと
— お水 (@omizu_014132) August 13, 2022
「何事も平均点以上をたたき出せるけどずば抜けて凄いとか何か一つに賭けられるとかがない人」
って沢山いるんだと思う。
自分って特別でもなんでもないことに気づける文章だと思う。全世界のイキリに届いて欲しい。 https://t.co/8fIZULkdBa
これが刺さる人多そう。
— 🐰もぐもぐ🐰💉×3済(ファファモ) (@mogumogumommy71) August 13, 2022
結局、何かから逃げた人生って、ちゃんとどこかで伏線回収されるのよね…。 https://t.co/8isA90f7QE
自分のことを言われているようで辛い。来年から社会人だけど頑張ろう。 https://t.co/KtuW17rK8Z
— 二等兵 (@yukoku_otoko) August 13, 2022