投稿日 2022年6月7日 | 最終更新 2023年4月11日
麻布競馬場@63cities深夜の湾岸でスケートボードがひっくり返る。乾いた音。打ち付けた背中に敷石の冷たさ。見上げた夜空に星は見えなくて、代わりに整然として、そして退屈な、お父さんの人生のようなタワマン群の尖頭が見える。やっていないSAPIXの宿題を思い出… https://t.co/9JEcrgmOZF
2022/04/14 12:27:40
お父さんは真面目な人だった。熊本で生まれ、地元の公立小中高から現役で東大へ。お父さんのお父さんは熊本大学からの熊本銀行で、当時にしてはエリートだったそうだけど、一族のベストレコードを更新した息子と、彼が背負う一族の目が潰れるほどに明るい未来を皆が予感し、舞い上がったらしい。
— 麻布競馬場 (@63cities) April 14, 2022
お父さんはその期待に応えた。東大を卒業して、その社名に相応しい、まさしく国家的な電機メーカーに就職した。おじいちゃんの喜びようはそれはもうすごくて、白物家電を全部捨ててお父さんの会社のものに買い替えたそうだ。熊本のその狭い町で、お父さんの名は大学名と社名とともに轟いたそうだ。
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京都の工場勤務から始まり、大阪支店を経て東京本社へ。営業も調達も経理もマーケも何でもやって、何でもそれなりにうまくやった。お父さんは真面目な人だった。いつだって勉強していた。何に使うのかも分からない資格をたくさん取った。本社で事務をやっていた短大卒の母と出会ったのもその頃だった。
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お父さんの人生の最初の失敗は、もはや斜陽産業と化しつつあった電機メーカーを選んだことだったと思う。不思議な機能のついた冷蔵庫を開発してはやけに明るいCMを打って、その明るさで真っ暗闇の未来を必死でかき消そうとするようだった。もはやこの国の電機メーカーは、国際競争力を失っていた。
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お父さんの人生の次の失敗は、そんな会社にしがみつき続けたことだった。JTCにおける「何でもできる」は「何にもできない」と同義だし、英語も喋れないし、そして何よりお父さんは、同期より少し早く出世して勝ち取った、僅かばかりの会社の地位を手放すのを嫌った。転職活動なんて一切しなかった。
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お父さんの人生の次の失敗は、よりによってそんなタイミングで僕が生まれたことだった。父は泥舟と化しつつあるその会社と心中してやろうと決めた。それが幸いしてか、結果として父は本社の課長ポジションを獲得した。僕の小学校進学のタイミングで、錦糸町からこの湾岸のタワマンに引っ越した。
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作りものみたいな街だと思った。知育のためにとおじいちゃんから買い与えられたレゴブロックを思い出した。住んでいる人たちも作りものみたいだと思った。あらゆるお父さんがユニクロを、あらゆるお母さんがモンクレールを着ていた。ゲームの中の、同じような顔の村人たちを思い出した。
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暇さえあれば街を探検した。日々古い街がなくなって、更地になったと思えば新しいタワマンがにょきにょき生えてきた。お父さんはマンションブログを読み、ツイッターで湾岸タワマン情報を発信していた。会社員としての未来の不在を、湾岸タワマン民という新たなアイデンティティで埋めようとしていた。
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暇さえあれば街を探検した。内気な性格のせいで友達はあまりいなかった。いつも一人でいた。SAPIXも辛かった。クラス分けや日々のテストで自分の無能をまざまざと見せつけられた。「お子さんが当たり前に自分と同じ学歴に行けると思わないでください」両親は説明会でそんなことを言われたらしかった。
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暇さえあれば街を探検した。母からテストの結果についてひどく叱られた夜、眠れなくて、こっそり家を出て街を探検した。まだ肌寒い春の夜。うちのマンションのアプローチでスケボーをやっている人がいた。「坪いくらだと思ってるんだ」理事を務める父は、黒い汚損箇所を見つけるたびいつも声を荒げた。
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眠れない夜はいつも家を抜け出して、スケボーに興じる人たちを眺めた。父とはうまく行っていなかった。父の人生も、僕の人生もうまく行っていなかった。父の会社は早期退職を募り、父は課長止まりで転職の先もなかった。僕は御三家なんて手が届かなくて、きっとそんな父の年収すら越せないと予感した。
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眠れない夜はいつも家を抜け出して、スケボーに興じる人たちを眺めた。「いる?」ある日突然、黒いスニーカーを履いた高校生くらいの人が僕に古いスケボーを手渡してくれた。新しいのをメルカリで買ったらしい。ありがとうございます、と小さな声で言った。勇気を出して、教えてください、と言った。
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夜中の小さな反抗期が始まった。父とは勉強の話というか小言しか言わなかった。あとはマンションの話ばかりしていた。そんな父の、もしかすると出来の悪い僕よりも大事なマンションをウィールで黒く汚すのは何だか気持ちが良かった。お兄さんはたまに来て、たまに教えてくれた。それだけの深い関係。
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次の春が来た。成績は相変わらずだったけど、スケボーばかり上達した。家に持って帰ると怒られるから、植栽に突っ込んで隠していた。中学受験まであと一年を切ったのになんだこの成績は、と父親にひどく怒られて、説教の途中で家を出て、スケボーを取りに行ったら見当たらない。泣きそうになった。
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不法投棄だと思われて清掃業者が持って行ったのか?パニックになり立ち尽くしているとお兄さんが来た。金髪になっていて驚いた。半べそで事情を話したら、これあげるよ、と持っていたスケボーをくれた。「来月からアメリカの大学に行くんだ」広尾学園から見事に合格して渡米進学を決めたらしい。
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受験頑張れよ、と黒いダボダボのパーカーを着たお兄さんはグータッチを求めてきた。何となく応じた。お兄さんが去ったあと、なぜか惨めな気持ちが胸に湧いたのに気付いた。僕はもしかすると、お兄さんのことを落ちこぼれ仲間だと勝手に思い込んで安心していたらしかった。自分は最悪な人間だと思った。
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シュプリームの黒いパーカーも、少しでも壊れたらすぐ新しいのに替わるVANSの黒いスニーカーも、高校生にしては高すぎるお古のスケボーも、僕は見て見ぬふりをしていたのかも知れない。あの頃お父さんでも買えた湾岸タワマンは、今や値上がりに従って富裕層と言うべき人たちが徐々に流入していた。
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案の定、お兄さんの話は翌週には土曜の夜ごはんのテーブルに上がった。高層階の●●さんち、お父さんはどこか忘れたけどGAFA勤務の偉いエンジニアで、帰国子女の息子さんはアメリカのどこだったかな、どこかの大学に受かって来月からアメリカですって!SAPIXにはそういうコースもあるらしいのよ。
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母の何気ない、スシローで何となく取ったシーサラダみたいな話は、お父さんと僕の喉元に鉛のように重く詰まった。時代を見事に乗りこなした父親。父親の資本で見事に高く飛んだ息子。僕たち親子の取り返しのつかない失敗と惨めな現在。このタワマンを墓石にして沈んでゆく一族の惨めな未来。
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父のツイッターが大炎上したのはその翌日だった。「湾岸でスケボーしてる馬鹿な連中は●●にでも行けばいい」当然の炎上だった。でも父は意地でも消さなかった。鍵垢でこっそりフォローしていた僕は、父のその行動の奥にあるものが透けて見えて、暗く惨めな気持ちになった。そっとフォローを外した。
— 麻布競馬場 (@63cities) April 14, 2022
深夜の湾岸でスケートボードがひっくり返る。乾いた音。打ち付けた背中に敷石の冷たさ。夏。SAPIXの夏期講習。「厳しいことを言いますがもう少し現実的な…」父も同席した保護者面談で散々に言われた。帰りの有楽町線。夜ごはんは僕の好きな炊き込みごはん。みんな黙って、妙に柔らかい米を噛んだ。
— 麻布競馬場 (@63cities) April 14, 2022
見上げた夜空に星は見えなくて、代わりに整然として、そして退屈な― お父さんだけじゃなくて、おそらく僕の人生のような、それなりに幸せで、でも日々沈んでゆき、そのくせ上ばかり見えて、惨めさに彩られたありきたりな人生みたいなタワマン群の尖頭が、背中を打ち付けたせいか、涙で滲んで見えた。
— 麻布競馬場 (@63cities) April 14, 2022
アザケイせんせい新作、サピックスネタなのに見逃してた。サピックスライフ中に2回しかない面談に本人が同席することになってたり、慶應ネタとはリアルさがだいぶ違うけどスケボーやら広尾の海外躍進やら話題の話をすぐ織り込むのはさすが。次はもちろんザ・タワー十条でお願いします! https://t.co/IePVlfLXF5
— タビー (@tubby_TW) April 17, 2022
これもタワマン文学なのかな。リリカルで嫌いじゃなかったです。(個人の感想です) https://t.co/RXtEqrNiXT
— hige-pump 🌥️2023中受 (@HigePump) April 14, 2022
現代小説家すぎるやろ https://t.co/L2PaoLyA9W
— カルロス=けいゴ (@keigod910) April 14, 2022
麻布競馬場さんのTwitter文学は東京に住む我々の乾いた心に少しだけ沁みをつくる。文才あるなぁ。。 https://t.co/IE1RsDR1a6
— たかまる (@takachan9999) April 14, 2022
今回も最高だった。いつもリアルすぎるんじゃ!!都会のエリート(実家太くない組)が抱える闇、俗に言う東京砂漠を本当によく理解してる。ドラマの脚本書けそう。1点だけ、お母さんの属性も知りたかった。このお父さんの収入(パナ辺り)だけでは都心子育て+SAPIXは絶対に無理なんだ。 https://t.co/dbuilqKbeD
— じょりん (@Jorinchumimaru) April 14, 2022
昨夜貰い物と思われる古びたボードを何故か乗らずに抱えたままで新豊洲スケボーパークからタワマンに囲まれた豊洲の街へトボトボ帰る若者とほぼ並行して歩きながらボンヤリとそんな妄想をしていたら麻布競馬場さんが字起こししていて俺の頭の中覗かれてるんかなwと不思議な感覚に…。 https://t.co/aBjvlmEHjw
— eban@はらこめ氏 (@eban0329) April 14, 2022
そんなに寂しいこと言うなよ。
— JoJo (@Wyoshi) April 14, 2022
今の時代、まっとうに生きているだけで成功者なんだぜ。 https://t.co/7g0MomF53J
麻布さんのショートショートは井上靖の「しろばんば」かヘルマン・ヘッセの「車輪の下」並に受験とか教育へのもやもや感がなんとも言えない https://t.co/ygEq3sLHil
— 🧶🌈🚃ぽこぽこ🚃🌈🧶 (@OkmPocopocopoco) April 14, 2022